murasaki-amejisuto’s blog

PUNK NEWWAVE NEWROMANTICS 紫雨慈IST

Giovedi 15 Luglio

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三浦春馬(дъд)



猫(ヰ_ヰ)



新潟県長岡市 (家<ウチ>の本籍地が東池袋の間に私は西新宿で生まれ、日野市、文京区で二才迄過ごした後移り住んだのが新潟県長岡市です。
家は北陸には何の縁も無いのですが、あの豪雪地帯に四年も居たんです。
そして六才で金華小学校(現・岐阜小学校)に上がるんです。
新潟は大陸に近い観点からは割りと手強かったです。ロシア系と言えばロシア系だし、又、将軍ネットワークの一角を担っていたのではないですか?
幼稚園には色白で背が高くピアノが完成されていた子とか色白で絵が好きだった子とかみんなつわものでした。
しかし、色白で斜視の幼稚園の女の先生は、意地悪そうにも見えるのですが、私が気付かないような速さで私の絵を高評価していたことを近年知りました。
そこで一度だけ催された書道教室では、おじいちゃん先生が私が書いた「か」という字に「うおー。」と呻<ウメ>いたのは嬉しかったです。当時はおじいちゃんもおばあちゃんも今よりもずっと年寄りくさかったので、価値があると思ったのです。あの「うおー。」を励みに私は書道を頑張って続けて来たのです。
幼稚園の芋掘り大会では、大人の親指の先っぽくらいしかサツマイモが掘れなかった私等の為に、先生方が一度みんなのサツマイモを全て回収して、みんなに均等にサツマイモを分けてくれました。
やはりロシア系や将軍ネットワークならではの良さが随所にですね。
でも私はバカなところが殆どでした。
家の前はスマホで検索しても確かに存在した「お天気相談所」で、夏中はそこに広がっていた原っぱで、炎天下にバッタやカマキリを掴んで遊んでいました。カマキリの鎌や薄い雑草の葉で幼児の指の薄皮は切れます。そんなんで家に駆け込んでも母親は無関心でしたし。
言ってくれていたのは、知らないおじさんに付いて行くな、捨ててあるタンスや冷蔵庫に入るなということだけでした。
じゃ、知らないおばさんならいいのかな?と、食い意地が張っていた私は、知らないおばさんの家でおやつを食べたりしていたのです。
ある日おばさんが、「いつもジャムをこぼしているから今日は薄くジャムを塗るからね。」と食パンにスプーンの縁<ヘリ>でジャムを伸ばし始めました。
私は「おばさんキモ。お金がなくてジャムを薄く塗るならいいけど、そんな理由でジャムを薄塗りするなら、もうこれでおばさん家でおやつを食べるのは終わりだよ。」
私はその日の事が結構ショックで、後年も依然他所<ヨソ>の家でおやつを頂くのは大好きでしたが、お邪魔しますとお邪魔しました以外は、お礼や挨拶が上手く言えずに帰るのが常になってしまいました。私が他人に挨拶しないのは母親もよく怒っていました。私がお礼や挨拶が出来ないので、私と遊ぶなと注意していた親御さんもいたようですが、私も二度と口を聞かないようにしていました。
今でも上辺だけの挨拶なら意味がないと、気が向いた時にしか挨拶はしたくないです。
岐阜でも西宮でもわざわざマンホールの上を歩いたりしていたのも怖いです。何も考えずに道路で茶色い所を目指して通っていたんですが、或る日父親に「マンホールの上を歩きなさんな。」と言われてハッとしました。古代ローマは土木技術が発達していたと言われるけど、土木技術はバカにならないですね。
他にも、死について幼児の頃から勘考していた割には、夢うつつで危ないことばかりしていました。
雪は豪快に降り高く積雪し、信濃川の土手で、スキーや雪車遊びも数回しました。
夏は信濃川の河川敷で大規模な打ち上げ花火大会が開催されます。
これは国内三大花火大会の一であり、私自身は国内一だと確信しています。北朝鮮ソ連からも見えるんじゃないかと思われるような正三尺玉。頭上から円天井の鳥籠が被<カブ>さってくるようでした。
私は長岡市の花火大会を二番に持ってこようとされた場合、もうあんまり話をしたくないです。国内三大花火大会の一でいいじゃないですか。
しかし私の家は、どんなに楽しい事も、次の日に余韻を残す余裕は有りませんでした。反対に、どんなに嫌な日が有ったとしても、償ってくれるような日が有りました。けれども私は一度有った嫌な日を、補われたと思うことは有りませんでした。
親達は心の中に憎悪と恐怖を包括し、迂闊に安堵出来ない人達だったんです。
そして私はその目論見、あざとさに対抗し続けても来ました。
新潟、岐阜、西宮、東京と、学校の先生方には本当にお世話になったと思います。有り難う御座いました。
勿論、私も家の持つ事情は薄々気付いていました。私の伺侯性は家の事情から来ていると思います。
長岡市の名家で、豪華な雛壇の前で遊んだ日がありました。みんなでお菓子を食べたりぬり絵をして過ごしました。写真は公開できませんが、私は「絵は貴族と枢機卿の為にしか描きません。」という顔をして写っているんです。)(ヰ_ヰ)



好きだった自分 (楽し過ぎた'70年代、私は毎日2~3時間、外で遊び、4~5時間、テレビを観ていました。
そして、勉強は、自分の好きな科目しかしませんでした。
絵は好きではなかったけど、私は絵が下手だと目立つから仕方なく上手く描いていただけです。つまり全ては成績の為。そのストレスと代価が釣り合っていたので、他の科目は真ん中でも勉強に関しては親から怒られなかったのです。
中学に入ってからは英語の出現が有りますが、私は美術の次に理系の成績が欲しかったので、初っぱなから英語を捨て科目にしていたんです。私が「I」を「i」にしていたり、単語を全てローマ字で綴っているのを英文科出身の母親が見兼ねて、「英語とローマ字は全くの別物なの。」と、一から教えてくれたのです。
一命を取り留めた私は英語に酷<ヒド>く興味が湧き、西宮で「泣いたら負けだ。」と教わったので泣かなかったけど、PUNKと武蔵美を手土産に持たされ、「絵と英語は頑張るからね。」と東京へ去る迄に至ったのです。
実はこれには、理系への悲しい惜別が隠されている訳です。
そして、東京でのヒッピーの零落、何としてでもPUNKを奪取という貴族的勢力にも担ぎ出され、勉強どころではなくなってしまった。
幼児から死後の世界について考えているようなもんは、史学、地学、生物は、捨て科目です。何しろ知りたいのは死後の世界についてなのですから。
西宮と約束したから絵と英語の成績だけには拘り続けました。
ここ迄書くと、結構女々しいところも有った私が、人に唆されたり人目を気にしたりせず、自分のしたいことをしてきた事に気付きます。
これはやっぱり、岐阜での織田くんの奔走のお陰と、西宮で甲子園や宮本武蔵などの影響で心身をも鍛えられたからですか。
だけど数学と化学と物理は、捨て科目ではないのに当時は完全な白紙だった。先生方が取った措置を思うと、家の者は一人残らす迷惑掛け過ぎ。犯罪者で縁切り状態。
にしても数学、化学、物理、何て字面も良いんだ。
中でも私はやはり、独自に編み出した伺侯性が好きですね。
西宮にいた頃、私は勉強もせずに遠足などをとても楽しみにしていたんですよ。
その頃は親も絵の成績に単に酔って危機感が薄く、そういう気持ちを解ってくれていたんです。
でも私はそこでもやっちまった。
お弁当も水筒も帽子も用意したのに、迎えに行った良いとこの子が熱で行けるかどうか分からない。
もうどうでもいいなぁと自分家<チ>の前を右往左往しているところを良いとこの子のお母さんに発見され、小学校迄連れて行かれたのです。
良くも悪くも目立っていた私を皆なも待っていたかも知れません。
そんな風に、悪運の強さにも大分助けられました。)(ヰ_ヰ)




名門牛の呪い (2021年6月1日の記事内で、卵を使った料理や乳製品が好きだと書きましたが、以前から主張していますように、食卓に花を添えるのは肉、牛肉、豚肉ですよ。鶏肉は、景気が悪化する迄船上コックをしていた父方の祖父が軽視していた為、なかなか家ではメインにはなりませんでした。
頑固じーさんは瀬戸内海の小島に住んでいましたが、一頃はクリームシチューの鶏肉にも抵抗がある人物が家庭内に居たのです。
家でもクリスマスの鶏の脚以外に、鶏の唐揚げや鶏肉の照り焼き、冷し中華に鶏のささみの蒸したものを乗せたりと、鶏肉中心のメニューが食卓に上がるようになったのは私が10代の末頃からです。
確かに鶏肉はそぼろ丼や、煮物やかやくご飯の具として入っている程度が美味しいという考え方も有るみたいですね。
又、自分が可愛いことを知っている猫、姿が壮麗と自覚する馬、そして愛嬌が有り気な豚と比べると、牛ってあんまりかわいそくない感じを持っているのだけど、牛肉の特産地で、化粧回しのようなものを付けた牛の大きな絵を見た時はさすがに、趣味悪くね?と思いました。
有馬記念とか天皇賞とかの馬のマントは風を孕み至高の光悦を増幅し、馬は周りの興奮に紅潮するけど、これから解体されるであろう牛。
でも私は最近も美食への興味は尽きず、京都辺りで名門牛のとても感じの良い焼き肉店を見つけ、いそいそと通ったりしています。
焼き肉店はそれ迄に二回くらいしか行ったことがなく、微に入り細を穿った今風の趣向にビビってしまいました。
そして名門牛の特にカルビの味はあまりよく分からなかった。
丹精込めて育てた牛です。食べてやってくんさい?みたいなこと、よく書いているじゃないですか。
祟りじゃ。八つ墓のな。
そのお店は良心的な値段なのですが、高級店の味は素人には分からない事が有るというのはこういう事かも。
三回目でやっと、名門牛のカルビが、街の牛肉店でやっている特選黒毛和牛ロース定食1500円、スーパーの国産焼き肉用霜降り牛肉150g1500円ぐらい?と同じように、美味しいということは分かるようになりました。
名門牛店はタレも3種用意され、それぞれが美味し過ぎるのも、牛肉の味を分からなくしています。)(ヰ_ヰ)



金ちゃんヌードル とんこつ(徳島製粉)(ヰ_ヰ)



お箸やスプーン(無いと実質何も食べられません。)(ヰ_ヰ)



用心棒(ヰ_ヰ)



柱時計(ヰ_ヰ)



昔よく着ていたTシャツと同じ色のTシャツを着ている人を見ても何とも☆




Let's Look For Rare Bugs!



Troviamo Rari Insetti!